原油高騰から始まって、穀物価格高騰、サブプライムローン問題・・・。
それが企業活動や個人消費にこんなにも影響を与え、そして経済活動自体、いくつかの破たんの構図を生みだしている今日この頃。
麻生政権は早くも恐慌不安の中で、思惑外の対応を迫られている。
いったい日本はどこに向かって走っているのか?
明確なビジョンも生まれないまま、刹那的な政治対応が続いているように思うのは私だけではないだろう。それが国民の不安や、何か諦めに似た心理を形成させているように感じる。
①お笑いのショートギャグ化
最近のTV番組にみる”お笑いの短時間化”は、日本の刹那的な背景を映す。
見る側にも「我慢」や「体力」が無い。お笑い番組で笑わせたいオチで字幕を流すのも、世相を反映していると思う。
そして、その笑いのキモを感じる気持ちを働かせなくて良い「ショートギャグ」は見る側にも楽だ。勢いで不安もぬぐい去るようなナンセンスギャグは、景気迷走時には必ず流行する。
②自己防衛は「自己主張」より「諦めの内向型」
最近の若者は「自炊」し、倹約を心がける。お弁当を作っている一人暮らし男性も少なくないらしい。(昼飯を自宅に帰って食べるなんて人も)
そのこと自体は全くもって問題もないし、倹約の為の努力はいいことだと思う。
しかし、その中身として「帰社時間が早くなる中、帰ってもすることは無い」「飲み会にも参加せず、社内コミュニケーションは希薄」「お金は必要だけど、何かするとお金がかかるから動かない」など、アンケートを見ると”未来につながる投資すらも止めてしまっている”。
③高齢者制度の中で見逃されている「若者対策」
後期高齢者医療制度など「高齢者=弱者」という解釈を背景にした制度見直しは進んでいる・・・そんな中、体力もあるし、自力で何とかしろ的な考え方もあるのか?、若い世代に起きている問題に対しての議論が先送りになっている。マニフェストに掲げる政党も多いが、雇用対策に終始し形骸化しており、政府としての具体的かつ積極的な対策は未だ出てこない。団塊世代以前の政治家達が自分たちの世代の間違いを認める事も大切だ。来年成人式を迎える「ゆとり教育世代」は、競争も経験せず、協調性を重んじ、まずは「人と同じようにする」ことを強く意識するという。まずは、“自分を人と比べる”事から始めるのだ。非常に守られた社会制度の中で、それが当たり前だという意識が大半だろう。
そんな中生まれる、短絡的な“人と違う自分”に対する不満は、自分ではなく、社会に向いていく。
なんだか暗い事ばかり書いたが、まずは一人ひとりが体力を取り戻し、考えることをあきらめずに、豊かな表情を心掛けたいと思う。
広島に出張に行ってきました。
ちょっと時間があったので、昼ごはんにお好み焼きを・・・久々に。
お好み焼屋さんが多いこの街。
店の皆さんは値上げせずに頑張っている。
小麦粉も油も、マヨネーズだって値上げしてますよね。
きっと、この「お好み焼き」が値上げするようになったら、日本も本当にマズい事になってるかもなぁ・・・・。
日本よ頑張ろう。
私も「日本人=ジャパニーズ」として、世界の人達に誇れる自国を持ちたいと思う。
他国と比べるのではなく・・・自分の愛する国として。自分の家族が生きていく場所として。
まずは、自国日本をきちんと知ることから始めたいものです。
「Those who forget history are doomed to repeat it.」
受験勉強で覚えた「歴史」を今活用しているでしょうか?
大人になって使うからこそ、勉強してきたはずなのに・・・。
歴史を知ることは、過去を知ることだけに止まってはいけません。
その過去を知ることで、未来を予測し、創造していくための糧なのです。
先人はその歴史を様々な犠牲や悲しみも伴いながら、創り上げてきたのですから。
最近のコメント